連邦気候保護法の概要
1.概 要
連邦気候保護法はパリ協定に基づくドイツとしての気候保護目標およびEUの目標規定を達成することを目的に2019年12月18日に発効した法律である。
2020年、2030年、2040年および2045年の温室効果ガスニュートラルまでの削減率を定め、2020年から2030年までの各年については分野ごとに排出量の上限を定めている。
また、それらの目標達成のためのデータのとりまとめ、独立した審議会による定期的な検証、目標未達成が生じた際の対応などについて詳細かつ厳格な規定を定めている。
公的機関については範例となるべく、特別な規定を設けている。
2021年6月に第1次改正が行われ2030年までの削減目標が55%から65%に引き上げられたほか、2040年までの削減目標が88%と明示され、温室効果ガスニュートラルの達成目標が2050年から2045年に繰り上げられた。
注目される点は、2050年以降はネガティブ・エミッションを目指すとしたことで、同時に、森林など自然の吸収源の強化について詳しい規定が設けられたことである。
【備考】連邦気候保護法第1次改正法案は2021年6月24日に連邦議会、同25日に連邦参議院を通過。大統領による署名後、2021年8月18日付け連邦法律公報に(Bundesgesetzblatt)に掲載され、同8月19日に発効した。本稿では改正法を織り込んで説明している。
2.目 標
(1)2045年までに温室効果ガスニュートラルを達成
(注1)2045年までに温室効果ガスニュートラルを達成し、2050年からは温室効果ガスの吸収が排出を上回るネガティブ・エミッションをめざす。
(注2)2020年の削減実績は40.8%であるが、便宜上従来の目標値を示した。
出所:連邦気候保護法 第3条
(2)2030年までの分野別・年別削減目標
(注)2020年の排出量の合計(8億1,300万トン)は同年の実績(7億4,900万トン=1990年比40.8%減)を上回るが、EU-ETS(欧州排出権取引制度)の対象となっていない交通、建物農業等の分野を重視し、EUの基準に合わせて調整したため。
出所:連邦気候保護法 第4条 第1項付表
〈注2)分野別削減目標については2023年6月の閣議決定で改正が決定された。
(3)2040年までの削減目標
(注)分野別の目標は2024年に策定。
出所:連邦気候保護法 第4条 付表3
3.自然の吸収源
家畜の飼育、一部の工業プロセスなど温室効果ガスが排出が避けられない分野があることから、森林、湿原など、いわゆる自然の吸収源の維持、拡大について目標を定めている。これらには長い年月を要することから、連邦政府は今から整備を開始し、2050年以降のネガティブ・エミッションにも備えて、次のように定めている。(第3a条)
(1)土地利用、土地利用の変更および林業の分野(LULUCF)の各目標年における年ごとおよび前3歴年の排出バランスの中間値は以下のとおり改善するものとする。
1 2030年までに二酸化炭素換算で少なくとも2,500万トンに。
2 2040年までに二酸化炭素換算で少なくとも3,500万トンに。
3 2045年までに二酸化炭素換算で少なくとも4,000万トンに。
(2)第1項の目標達成については土地利用、土地利用の変更および林業の分野を管轄する連邦省が責を負う。
【参考】二酸化炭素の回収、貯留(CCS)について、ドイツは2012年の「二酸化炭素の回収、輸送および長期的な貯留のための技術のデモンストレーションおよび応用に関する法律」で厳しい条件を定める一方、各州に対して州内でのCCSを禁止することを認めている。このため、CCSが実際にに可能とみられる州はいずれもCCSを禁止しており。ドイツでは実質的にCCSは不可能な状態にある。
しかし、気候目標の達成にはCCSが不可欠との声が産業界からも環境団体からも高まっているほか、ノルウェー、オランダ、英国等が大規模な海底貯留の実験を開始していることから、それらに何らかの形で加わることで国外での実験が可能となる道が探られていると伝えられる。
4.削減状況の継続的モニタリング
設定された目標が確実に達成されるよう、独立した「気候問題エキスパート審議会」が2022年および以降2年に1回、各時点までの目標達成度、措置およびトレンドの鑑定を行い、目標が達成されていないと判断された場合、当該分野を管轄する連邦省が「緊急計画(Sofortprogramm)」によりすみやかに対応策を講じなければならない。
緊急計画の具体的ステップ:
1.連邦環境庁が毎年3月半ばに前年の排出データを公表する。気候問題専門家審議会が1か月以内に排出データの評価を行う。
2.各分野を管轄する省が気候問題専門家審議会の評価から3か月以内に翌年およびそれ以降の各年の目標達成を確保するための緊急計画を提示する。
3.気候問題専門家審議会が緊急計画の各措置について、温室効果ガス排出量削減のポテンシャルの推計の基礎となった根拠を審査する。
4,連邦政府が、緊急計画により実行する措置について協議し、決定する。その際は相互に組み合わせることも可能な複数のバリエーションがある。連邦政府は当該分野ないしは他の分野について提出ないしは修正された緊急計画または部門横断的な措置を決定する。
5.連邦政府が決定した措置について連邦議会に対する説明を行い、連邦議会は必要に応じて立法化または法改正を行う。
なお、連邦政府は2024年以降連邦議会に対して2年毎に気候報告書を提出し、EU内におけるCO2課税の動向と国別CO2課税制度および国別気候目標との整合性についても報告することを定めている。
5.削減目標の設定にかかわる今後のステップ(2021年5月12日 閣議決定)
2024年
●2031年から2040年までについて、分野ごとの削減目標を設定。
遅くとも2032年
●2040年から2045年までの各年について削減目標を設定。
2034年
●最後の段階となる2041年から2045年までの各年について分野ごとの削減目標 を設定。
6.目標達成のための気候保護緊急計画
連邦政府は気候保護法の改正による意欲的な気候保護目標の達成のため、2021年6月23日、2022年連邦予算案の一環で、2022年分の総額80億ユーロの気候保護投資計画(気候保護緊急計画)を決定した。
主な内容は、産業の脱炭素化、グリーン水素、エネルギー効率向上のための建物の改修、気候にやさしいモビリティ、持続可能な林業および農業の促進。重点は温室効果ガスの排出を目に見えて、計量的にも把握できるような即効性のあるものとしている。
7.気候保護法制定と改正に至る経緯
1.連邦気候保護法はパリ協定に基づいて策定した気候保護計画2030の諸目標を確実に達成することを目的に制定され、2019年12月18日に発効した。
2.当初の法律では、温室効果ガスを2030年までに1990年比で55%削減し、2050年までに温室効果ガスニュートラルを達成することを目標に、2030年までの期間については分野別に排出量の上限を設定した。これに伴って、目標達成のための厳格なモニタリング・システムも定めた。
3.これに対して、2021年4月29日、連邦憲法裁判所が環境派の訴えに基ずく裁判で一部に基本法に合致しない部分があるとの判決を行い、連邦政府は急きょ気候保護法の改正の手続きを開始した。その約1週間前にEUで2030年の削減目標の引き上げが決定していたことも早急な見直しつながった。
4.連邦憲法裁判所の判決は、2031年以降の排出量削減に関する規定が不十分で、気候変動の危険性が現在の若い世代に押し付けられ、さまざま分野でドラスチックな抑制を強いられる可能性がある。将来生じる排出量削減義務によって実質的にどのような自由も潜在的に打撃を受けることになる。立法府は基本法で保障された自由を守るために、これらの大きな負担が軽減されるための予防措置を講じるべきであった、というもので、立法府に対して遅くとも2022年12月31日までに2031年以降の期間の削減目標の改善を行うよう命じた。
提訴していたのはとくに若い世代で、複数の環境団体の支援を受けていた。Fridays-for-Future運動の活動家も原告に加わっていた。
5.EUとの関係では、2021年4月21日にEUと加盟国が2030年までの削減目標をそれまでの40%から55%に引き上げることを決定したことがドイツの削減目標の強化につながった。ドイツは改正法で2030までの削減目標を65%に設定したが、これはドイツがEUの中で最大の経済力を持ち、排出量が最も多いことから相応の削減が必要と判断したものである。
6.気候保護法の改正が行われたのは2021年6月であるが、気候保護運動の高まりの中で、同年秋の連邦議会選挙を控えて野党の緑の党が支持率を急速に拡大させていたことも温室効果ガス削減目標の強化を促す要因になったとの見方もある。
8.分野別の削減目標の改正に関する閣議決定
連邦政府は2023年6月21日、気候保護法で定めている2030年までの「分野別」の削減目標について、いずれかの分野で目標が達せられない場合は他の分野でカバーする」旨の改正を行う閣議決定を行った。
とくに、交通分野での早急な削減が困難とみられることが背景。
気候問題専門家審議会が2023年8月23日、分野別目標の実質的解除するものと指摘、政府のこれまでの気候保護措置も2030年、2045年の温室効果ガス削減目標を達成するには不十分と批判。