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ドイツの経済政策 |
2. 健全化に踏み出した財政 |
(2) 2012年予算および2015年までの財政計画(2011年7月6日閣議決定) |
財政健全化を堅持
連邦政府は2011年7月6日の閣議で2012年連邦予算案および2015年までの連邦財政計画を決定しました。
これによると、2012年予算総額は2011年の実績見通しの3,058億ユーロに対して3,060億ユーロと、わずか0.1%の増加にとどまっています。財政健全化を重視したもので、2012年の新規債務は昨年時点では約400億ユーロとなる見通しでしたが、今回の予算案では272億ユーロにとどまり、2015年には147億ユーロと、着実に減少する見込みです。
良好な経済情勢があと押し
ドイツ経済は2009年半ばから回復に向かいましたが、その後も好調に推移し、2010年の成長率は3.5%となったほか、2011年第1四半期のGDPも前年同期比5.2%の伸びを記録しました。これに伴って雇用情勢も急速に改善し、就業者数が増加する一方で失業者数が大幅に減少しました。このため、企業や個人からの所得税収入が増加しました。また、失業手当の支給が減少する一方で失業保険収入が増加するなど、その面からの財政事情は大きく改善しています。
財政負担要因は増加
これに対して、2011年6月にエネルギー転換を決定したことで、再生可能エネルギーの推進のために多額の資金が必要となっています。しかし、年間23億ユーロと見込まれていた核燃料税収入が半数近い原発の停止で13億ユーロ程度に減少する見通しとなりました。また、再生可能エネルギーの推進を目的とする特別資産「エネルギー・気候基金」についても原子力発電事業者からの資金が期待できなくなり、そのための対策が必要となっています。エネルギー関係では、そのほか、効率向上のための住宅の改修が税制上のインセンティブが設けられることになっていますが、これが歳入に影響してくるのは2013年以降とみられています。2013年以降は欧州安定基金への払い込みも必要になってきます。 |
2012年連邦予算と財政計画の概要(歳入) (単位:10億ユーロ)
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2016年以降は新規借り入れゼロへ
ドイツ経済は今後も1.5%程度のテンポで成長するとみられることから、2012年も税収は前年実績見込みに対して8%近い大幅な増加が予想されるなど、財政事情はさらに改善していくものとみられています。しかし、ドイツはそうした中でも債務を次の世代にまで残さないという持続的発展の観点から、世界的金融・経済危機で大きくふくらんだ債務の削減に一貫して努め、2016年までに新規借り上げが実質ゼロの財政均衡化を目ざす方針です。 |
教育と研究に重点(主な項目)
2012年予算の主な変動要因としては、特別資産「エネルギー・気候基金」への繰り入れと欧州安定化メカニズムへの出資などがあります。主な特徴としては教育・研究関係予算の大幅増加が挙げられます。以下にはそのおもなものです。
1. 特別資産「エネルギー・気候基金」
2011年6月6日の閣議で脱原子力発電とともに決定した再生可能エネルギーへの転換に必要な研究開発・投資資金を長期的な体制のもとで運用するための基金。
当初は2010年秋に決定した原発の稼働期間延長でエネルギー供給企業に生まれる追加的利益の一部を吸収して基金に投入し、2013年以降はCO2排出権証明の入札によって想定を上回る歳入があればこれを投入する予定であった。
しかし、原子力発電の稼働期間が短縮された結果、原子力発電所運営事業者ないしはその親会社から基金への払い込みが得られなくなったため、特別資産「エネルギー・気候基金」の設立に関する法律」を改正し、2012年以降CO2排出権取引からの収入がすべてこれに充てられることになった。 |
表1 特別資産「エネルギー・気候基金」の収入の見通し (単位:100万ユーロ)
年
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2012年
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2013年
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2014年
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2015年
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780
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3,330
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3,270
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3,220
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注) ドイツ排出権当局のコストを差し引いた排出証明書の入札価格をCO2 1トンあたり
17ユー ロとして計算。 |
この基金では排出権取引制度の導入で電力集約的産業に生じる電力コスト増をEUの排出権取引ガイドライン第10a条第6項に準じて相殺するため、必要に応じて年間5億ユーロまでの補助が行われる予定。
また、いくつかの省に分散していた電気自動車などに関する「エレクトロモビリティ」研究開発事業も今後はここに一本化され、効率を高める予定となっている。なお、「エレクトロモビリティ」には2012年と2013年で10億ユーロが充てられる予定。
2. 欧州安定化メカニズム
ユーロ圏17カ国は、ユーロ圏の安定確保のため、現行の欧州財政安定化ファシリティ(EFSF)に代えて、2013年7月1日をもって恒久的な欧州安定化メカニズム(ESM)を設置することを決定した。
ESMの総枠は2013年7月1日時点での7,000億ユーロになる見込みで、うち
・ 6,200億ユーロはコール(abrufbar=ready on call)資本ないしは保証として用意される。(ドイツの割合は1,680億ユーロ。)
・ 800億ユーロはユーロ圏加盟国が5年間の均等割合で払い込む。(ドイツの割合は220億ユーロ弱。ドイツは払込資本を段階的に積み上げることで財政への負担が少ない方法を主張して通した。)
とされている。
新たな財政計画では2013年以降のドイツの払い込み額として年間43億ユーロが計上されている。この額は欧州統計局によって資本参加(Beteiligungserwerb)とみなされることになっており、マーストリヒト基準の債務とはみなされない。ドイツの基本法による債務抑制条項の点でも債務とはならないとされる。しかし、2013年以降の実質借入はその分増加することになるほか、資本参加のための資金調達にかかわる金利負担は構造的な負債増加要因となる。
3. 教育・研究
分野別で予算が最も大きく伸びるのは教育・研究省の予算で、前年比9.9%増の128億ユーロが予定されている。
ドイツでは人口構成の上からも大学進学希望者が増加しており、連邦政府は教育の主たる実施機関である州との間で2006年以来「大学協定2020」を締結して、予算を折半して大学入学枠の大幅な拡大を図っている。2012年は兵役義務の廃止に伴って進学希望者が一時的に大きく増加することなどから、入学定員増のための予算は11億ユーロの増加となる。また、教育の質的向上や学資の支援などの予算も増額になる。
大学における研究の拡充のほか、大学以外の研究機関およびドイツ研究連盟に対する助成も連邦政府の負担分だけで5%増の43億ユーロとなり、ドイツの将来を左右する大学教育や研究開発活動に対して連邦および州を挙げて積極的な取り組みを行っていることがわかる
そのほかでは、職業教育・訓練の近代化や強化、障害のある青少年の支援などでも8億ユーロ近い増額が予定されている。
4. 開発協力
ドイツは開発協力予算を大幅に伸ばしてきており、OECDによる2010年の数字ではGDPに対するODAの比率は0.38%となっている。実額では127億ドルで、米国、英国、フランスに次いで4番目であった。
2012年予算では従来の財政計画比で7億5,000万ユーロの増額が予定されている。主な対象として予定されているのはAIDS、結核およびマラリア撲滅基金への拠出など。
そのほかでは、北アフリカおよび近東の民主化支援などがある。
ドイツはしかし、GDPの0.7%というEUの目標に達しておらず、一般予算だけではこれを2015年までに達成するのは難しい情勢にあるとして、将来は「エネルギー・気候基金」からの支出や新たな金融商品の導入も検討する必要があるとしている。
5. 環境
連邦環境・自然保護・原子力安全省の役割は再生可能エネルギー、ドイツおよび世界の気候保護、自然保護、放射線防護および原子力安全などの分野で一層重要な役割を果たすことになる。ただし、Konrad最終処理施設プロジェクトの経費負担の調整で省全体の予算は減少する。
6. 経済・技術
連邦経済・技術省予算は前年とほぼ同水準であるが、石炭補助など役割を終えたものを削減する一方で、研究開発、イノベーションの促進が強化される。中でも、「中小企業中核イノベーションプログラム(ZIM)」の予算額は2011年の約3億9,000万ユーロから2015年には5億1,600万ユーロに増額される。そのほか、エネルギー、航空宇宙の分野におけるキーテクノロジーの促進に年間16億ユーロが充てられる。
7. 交通・住宅
連邦交通・建設・都市開発省予算は253億ユーロで、投資的支出が54%と多い。交通の分野が約100億ユーロで、鉄道に40億ユーロが充てられる。交通分野の投資の3分の1あまりはドラックに対する高速道路利用料収入が充てられ、2011年以降はこれがすべて長距離国道の建設費となる。 |
表2 2012年連邦政府部門別予算案(支出)
部 門 |
2011年 |
2012年 |
前年比増減 |
実績見通し |
予算案 |
(100万ユーロ) |
(%) |
01 大統領および大統領府 |
29.88 |
31.49 |
+5.4 |
02 ドイツ連邦議会 |
681.78 |
680.81 |
-0.1 |
03 連邦参議院 |
21.34 |
21.74 |
+1.9 |
04 連邦首相および首相府 |
1,841.96 |
1,886.70 |
+2.4 |
05 外務省 |
3,103.65 |
3,306.72 |
+6.5 |
06 連邦内務省 |
5,402.24 |
210.27 |
+1.2 |
07 連邦法務省 |
493.09 |
491.13 |
-0.4 |
08 連邦財政省 |
4,459.63 |
4,612.34 |
+3.4 |
09 連邦経済・技術省 |
6,116.87 |
6,156.55 |
+0.8 |
10 連邦食料・農業・消費者保護省 |
5,491.56 |
5,280.07 |
-3.9 |
11 連邦労働・社会省 |
131,292.67 |
126,589.65 |
-3.6 |
12 連邦交通・建設・都市開発省 |
25,247.97 |
25,340.78 |
+0.4 |
14 連邦防衛省 |
31,548.95 |
31,681.86 |
+0.4 |
15 連邦保健省 |
15,777.25 |
14,482.78 |
-8.2 |
16 連邦環境・自然保護・原子炉安全省 |
1,635.88 |
1,593.12 |
-2.6 |
17 連邦家族・高齢者・女性・青少年省 |
6,471.04 |
6,480.31 |
+0.1 |
19 連邦憲法裁判所 |
24.97 |
29.95 |
+19.9 |
20 連邦会計検査院 |
124.54 |
122.75 |
-1.4 |
23 連邦経済協力・開発省 |
6,219.12 |
6,332.91 |
+1.8 |
30 連邦教育・研究省 |
11,646.03 |
12,804.37 |
+9.9 |
32 連邦債務 |
37,172.32 |
40,045.20 |
+7.7 |
60 一般財務管理 |
10,997.27 |
12,561.52 |
+14.2 |
合 計 |
305,800.00 |
306,000.00 |
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*2012年補正予算 |
2012年6月14日、ドイツ政府が提出した2012年補正予算案が連邦議会を通過した。
補正予算の主な内容のひとつは、欧州安定化メカニズム(EMS)が予定よりも1年早く、2012年7月にスタートするに伴って必要となるEMSの自己資本に対する1回目および2回目の払い込みで、合計86億8,700万ユーロを予定している。ESMの自己資本に対するドイツの負担額は総額で220億ユーロとなる。
2012年予算に対するその他の主な変更点は、金利低下に伴う支出減、連銀からの利益受取額の減少、税収増および賃上げに伴う人件費増などである。
この結果、純借入額は当初予算の261億ユーロに対して321億ユーロに増加する。
ドイツ政府は、EMSへの払い込みは借入額を増加させる要因であるが、構造的赤字には算定されず、成長を維持しながら赤字削減をめざす政策に変わりはないとしている。 |
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